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新卒の女性社員の足を踏んだというだけの話

今日は出社した。

私の職場はフリーアドレス、すなわち自由席である。

どこでも好きな場所に座れる制度なのだが、実際のところはというと、私を含めた大半の社員が「なんとなくここ」とそれぞれ決めた場所に毎日しれっと座り続けるので、自由席の皮をかぶった半固定席にすぎないのである。

結局のところ、人間は自由を与えられても、つい慣れた場所にしがみつく生き物なのだ。

本日、私が確保したいつもの机の正面には、新卒の女の子が座っていた。

春に入ったばかりの新入社員で、まだ初々しい雰囲気をまとっている。無論、私は彼女とほとんど会話をしたことがない。そもそも会話をする理由もない。話しかけられるほど重要な仕事も振られていない。

つまり私にとって彼女は、ただ「向かいにいる」というだけの存在である。

今日もたいしてやることはなかった。私はパソコンの画面を開いたまま、適当にスクロールし、時おり意味もなく首をひねり、いかにも忙しいふうを装った。


だが結局、気が緩めば足腰も緩む。気がつけば椅子の下で、だらりと足を延ばしていた。

そのとき、私の靴先が何か柔らかいものに触れた。ん、と思った瞬間、目の前の彼女の小さな肩がびくりと揺れたかと思うと、机の下で何かがすっと引っ込む感触があった。

要するに私は、向かいの新卒の女の子の足を、存分に踏んづけたのである。

私は慌てて声を絞り出した。「あっすいません…」

だが、私の声は普段通り蚊の羽音ほどにか細い。当然ながら彼女に届くはずもなく、彼女はキーボードを叩き続けたまま、微動だにしなかった。


無反応の彼女を前に、私は机の下で足を引っ込め、己の小声を呪い、残りの勤務時間をひどく気まずいものとして過ごす羽目になったのである。